長い文章です。

長い文章です。お急ぎの方はスルーして下さい。

以下の文章はデッセム創立以来の総括です。
以前から親しくして下さった方々に、愛をこめて。

今の時期になって思い出すのは、三年前、よく会員制のベーカリーを思いついたものだと、感心してしまう。考えは三年以上前から、もっと言うならば西荻窪でリスドォル・ミツを閉店した時からその考えはあった。既に私の体の中には動脈瘤という厄介なものを抱え、リスドォル・ミツを閉店した時、放射能を恐れもうこれ以上は東京の杉並でパン作りはできないと思っていた。

具体的に、真剣に考えたのは4年前の秋、考えに考えた。こんなに頭を使ったのは一生で初めてではないかと思うくらい考えた。でも踏み切れなかった。それは上記したように健康に問題があったからだ。そこで多くのFBの方々に問うことにした。こんなパン屋をやりたい。ついてはどのくらいの「いいね」が貰うことができるのか、FBにおいて尋ねることにした。決めた時間内に「いいね」が千以上集まったら、手術をし会員制ベーカリーもスタートしようと考えた。

後にも先にも、自分の一生を、ましてや手術するかどうかまでFBに聞くということをやったのは、世界広しといえども私ぐらいであろう。ベーカリー設立のための資金は無かった。何故ならそれまで経営していた杉並の店舗を閉めるのに金を使ったからである。つまり4年かけて店舗7店、そして総勢70名以上の従業員を解雇していった。商売は広げるときにはイケイケ・ドンドンで広げられる。銀行も公的金融機関も喜んで金を貸してくれる。ただいざ事業規模を閉店を前提に事業規模を縮小するとなると、各金融機関もいい顔をしないどころか取り立てに早々と手を回してくる。

そんなこんなでいろいろ有ったが、日本初、ということは世界でも初めての「会員制ベーカリー」という試みは、業界の耳目を集めることになった。約800名の方々から会費を頂戴し、その規模1200万円になった。ただここで特記しておきたいことは、決して私一人の力でも信用でもない。800名様に及ぶ支援者の方々が、恐らくけっして安いとは言えない会費をどのようにして工面して下さったのかと思うと、未だに落涙を禁じ得ない。

それともう一つ大事なことは、やはりFBFで大変な方と知り合い、その方のアドヴァイスが無ければこの「デッセム」は存在しなかった。彼の名前は髙取宗茂さんと言い、現在日本橋茅場町 不二楼やヒノマル食堂などを展開する株式会社和僑ホールディングス会長でいらっしゃる。今新型コロナの件が巷では騒がれているが、そんな中でも髙取氏の仕切っている外食産業では御予約のお客様で引きも切らない。彼のアドヴァイスは一言、「廣瀨さん、思い切ってやりましょう」たったこれだけである。ただその言葉の中には、彼も夜も寝ずに考えに考えての発言であった。その後、彼の持つ人脈により不動産会社、ブランディング会社のスタッフの方々まで紹介して下さった。

今新型コロナの関係でいろいろな職種が岐路に立たされていると聞く。持続化給付金はともかく、無利子、無担保、返済猶予、政府の保証といういわば事業者にとって涎が出る言葉が羅列されている。経営者の中には限度額どころか政府関係の補助金とか貸付を目を皿のようにして探している。中には借りるだけ借りて、「数年たったらドボンさ」を公言して憚らないものもいる。また「この際事業規模をさらに大きくし、機械設備を整えるんだ」という懸命な方もいらっしゃる。

*なを経営を継承していくか、踏み倒すか(笑)、の件については私廣瀬に相談してくれれば良い案を出す。

結論から言うと今の時期、どちらの見解も正解であろう。踏み倒すことを前提に借りる人も、懸命に事業拡大を考える人も正解である。今回の新型コロナの件はリーマンショックの30倍以上、そして経済状況が元通りになるのは正直なところ見通しが立っていない。どんな有名で博識なセンセイでも暗中模索、五里霧中と言ったところだ。予想(よそう)は反対から読むと「うそよ」になる典型だ。古いハワイアンの名曲でこんな歌詞があった。「たとえ世の人々全てが、愛と慈しみと思いやりを忘れても、あなたへの愛は変わらない」。人々に対して本当の愛があるならば、「借入」を踏み倒すという事は本人にとって辛いことだと思うのだが。

デッセムの話に戻そう。
日本初、世界初の「会員制ベーカリー」の根幹は、何といっても「無添加にしてロウベクレル」という事であろう。そして次にデッセムの特色を上げるとしたならば、「皆様のベーカリー」ということである。廣瀬はデッセムの経営に固執しない。しばらくの間妻だけは残すが、私はこの年末をもって現役を引退する。後のことは継承者と妻に任せる。「皆様の」という事は、今いる浅井さん以外に、どなたが継承者になっても良いという事である。但し、浅井さんのもとでも厳しい修行を経験してもらうが。

私が引退した後は
1)全国に散らばっている廣瀨の弟子28名を訪ねて歩く。
2)お寺さんに「無添加ベーカリー」を作って頂き、そこを拠点としてシングルマザーの方々をサポートしていく。
3)特にアジア地域の孤児院、障碍者施設でボランティアをする。

来年早々には古希、まだまだ頑張ります。
そして全国で世界でお会いした時には、よろしくお願いします。

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