私のシュトレン 

私のシュトレン 

今から20数年前の11月下旬、ドイツの田舎町(マインツの隣)にいました。漠然とドイツのパンを見たかった、というのがドイツ訪問の目的でした。北部の港町キール、フリントベック、ハンブルグ、フランクフルト、などの大きな都市を訪れその田舎町に着いた時にはドイツに来て30日を経過していました。

 11月下旬と言えばかなり寒くなっています。コートの襟を立て、その田舎町の中心にある小さなパン屋さんのショーウインドウをボケッと見ていました。ショーウインドウの中にはパンで作った教会、クリスマスツリー、その周りを楽しそうに走り回っている子供たちが見事に表現されていました。

 フト気づくと、パン屋さんのおじさんがニコニコしながら手招きをしています。幸い英語が出来るおじさんで「何処から来たの? 何しに来たの?誰と来たの?」質問が矢継ぎ早に来ました。私は「実は私もパン職人で、一人でドイツにパンを見に来ました」と答えました。するとパン屋のオジサンは店の片隅にある椅子を指差し、「マア遠いところから。そこに座りなさいよ」との事。香り豊かなコーヒーを勧めてくれました。その時に「お茶うけ」に出して頂いたパウンドケーキを薄く切り、少しだけ粉糖をかけたもの、物凄く美味しかったんです。 

  お聞きするとシュトレンだとのこと。私が日本で作っていた物、そしてドイツの他の都市で試食した物と全然味が違いました。するとオジサンは「昔のシュトレンはこうやって作った物さ。今は嘆かわしい事にバックミッテル(直訳すると「パン屋の粉」、本当の意味はパン用の添加物。酵素剤、発酵促進剤、乳化剤、香料、安定剤等など盛りだくさんに入っている)を使って、安くて大きくてスカスカの物がお客様に好まれている。嘆かわしい事に本当はパン職人が楽して儲けようという魂胆さ」。オジサンは吐き捨てるように言いました。
 
  オジサンの温かい人柄、同じパン職人として認めてくれ聞かせてくれた今時のパン職人に対する「きつい言葉」、コーヒーの温かさと「本物のシュトレン」に出会った喜びから、私もついに言ってしまいました。
「このシュトレンの作り方、私に教えてくれませんか? 勿論、授業料もお支払いします」。

  職人が職人に言っては成らないこと、それは「あなたの技術を貰いたい」という言葉です。そのくらいの常識は私にも有りました。でも思わず、後先考えないで、「言っては成らない言葉」を言わせるくらい、そのシュトレンは芳醇な香り、クセの無い甘さ、中に入っているフルーツ類とナッツがほど良くマッチし、本当に心から「美味しい」と言わせる味でした。

  と、ところが私の言葉がオジサンを怒らせました。
「オレは金が欲しくて、君にオレのシュトレン自慢をしたんではない。オレ自身が大事にしている大切にしているシュトレンについて話しただけだ。帰ってくれ!!!」 私ももう40歳でした。言わば「不惑」の歳です。次の日の朝7時、そのパン屋さんの裏口のドアーをノックしました。オジサンが出てきました。私の顔を見るなり「帰れ!」と一言、ドアーの向こうでドアーロックする音がやけに大きく聞こえました。

  次の日の朝6時、やはり同じことです。次の日の朝5時、また同じです。最初にお詫びに言った日から数えて5日目朝2時、未だオジサンは来ていないようです。外は勿論真っ暗、おまけにかなりしっかりと雪が降ってきました。それから小一時間くらいしてオジサンは来ました。そしてこう言いました。「こんな姿見たら、君の奥さんもお子さんも泣くぞ。マア中に入れ」

  オジサンのシュトレンの作り方は「根本的」に私の常識を覆す物でした。ドライフルーツとナッツ類は、9月の最初にリキュール類に漬け込んであるとの事。自然酵母を使用し、ミキサー等機械は一切使わず手仕込みで、しかもベース生地を作るまで5日もかけ、やっとフルーツ類の漬け込みと合わせる。全部で七日間かけてやっと作り上げていました。

  私もとうとうそのパン屋さんに10日間通いました。オジサンは生地を捏ねるたびに「いいか、ヒロッゼ(廣瀬はドイツ語読みだとこうなります)。生地を捏ねる時は余計なこ
とを考えるんじゃない。自分の愛する家族の事だけ考え、このシュトレンを食べてくださるお客様も幸せに成ります様に、とだけ祈りながら捏ねなさい」との事でした。
 
  そのパン屋さんでお手伝いし勉強させていただいた10日目の夜、その御主人、奥様、ご子息と4人で町を案内して下さいました。教会の周りにはクリスマスの飾りつけをる「屋台」がいっぱいありました。

  オジサンはこう言いました。「ヒロッゼ、明日はもう日本に帰るんだね。何かお子さんにクリスマスプレゼントを買ってあげよう。何がいいだろう?」 私は戸惑いながらこう答えました。「済みません。嘘付いた訳ではないんですが。今はいません。」 オジサンは辺りはばからず、いきなり号泣し始めました。
  
  「済まなかった。済まなかった。シュトレンを捏ねるたびに君を傷つけてしまった。」
私はこう答えました。
「傷ついていません。むしろあなたに“大切なこと”を教えて頂きました。家族の大切さ。そしてお客様の幸せと、光り輝く日々を祈り願いつつシュトレンを作る。これがパン職人の誇りだ、ということが良く解りました」。
  シュトレンを飾る粉糖のような粉雪が、少しだけ舞っている夜でした。

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